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幾何学図形静止画アニメーションによる社会的事象の系統的印象測定

本研究の目的は、被験者が2種類のアニメーションを観た後の印象を測定することである。まずは、互いにチェースする2つの図形のシークエンスで、Heider & Simmel(1944)が記述したものに類似している。次は、2つの図形が横断歩道を渡るシークエンスである。異なるサイズの2つの図形が登場する順序においても操作が行われた。被験者の印象を体系的に測定するために、筆者は先行実験(森・土田・神宮、2000)の自由記述データに2回以上現れた包括的な形容詞と形容動詞を用いた。それぞれのアニメーションを観た後、被験者(130名の学生)は19語の形容詞および形容動詞で印象定評を行った。評定値の因子分析からは、魅了感、知性感、嫌悪感、力量感など4因子が見つかった。それらの因子はアニメーションのストーリーを把握し、図形の諸特性を一つの人格として認知した。分散分析の結果からは、2つの図形の登場の順序とアニメーションの種類との間に有意な交互作用があるということが明らかになった。異なるサイズの2つの図形が登場する順序は、それぞれのアニメーションにおける被験者の印象に異なる影響を及ぼした。

ドキュメンタリー・アニメーションにおける経験——不安な境界、推論的メディア

ジュリア・メルツァーとデイヴィッド・ソーンによる『私はそんな風には記憶していない――3つの回想のドキュメントIt’s Not My Memory of It: Three Recollected Documents 』(2003)、ジャッキー・ゴスによる『ストレンジャー・カムズ・トゥ・タウンStranger Comes to Town』(2007)、スティーブン・アンドリュースによる『ザ・クイック・アンド・ザ・デッドThe Quick and the Dead 』(2004)といったドキュメンタリー・アニメーションは、近年における個々人および情報の増加する混乱と運動が広がりつつあることについて、その含意を私たちに考えさせる。本稿は、これらの代表的な作品の分析によって、実験的なドキュメンタリー・アニメーション作者たちが、「ドキュメンタリーが保証しているもの」の現状について可視的な方法で自覚的に精査を行う傾向を考察する。世界が不確かで、不安定で、根拠を失い、可視的な運動に関して大きな文化的不安が広がるなか、現在、ドキュメンタリーはいかにして真実を主張することができるのか?

第3回メカデミア大会:日本発アニメ・マンガ・メディア理論をめぐって(2012年11月29日~ 12月2目、ソウル・韓国映像資料院および東国大学)

2006年以来、アメリカのミネソタ大学出版局によって発行されてきた年刊雑誌『メカデミア(Mechademia)』を背宗とするメカデミア大会は2012年11月29日~ 12月2日、会議「日本発アニメ・マンガ・メディア理論」というテーマの下で初めて北米でも日本でもない地、つまりソウルで開催された。「日本発」の娯楽メディアやそのファン文化に携わる研究者にとって貴重な交流の場となっていたが、本レポートにおいては問題点をも指摘している。具体的には、主な焦点が「日本発」の一種のアニメーションに制限されること、アニメーション特有の表現力よりもそれを手がかりとした文化論と哲学的な考察が中心に据えられていること、また、表現論・メディア論・社会批評の不均等な三角関係あるいは資料知識と理論構築とのギャップといった3点である。さらに、アジアを拠点とする研究者からの積極的な問題提起がますます求められていくと思われる。

推薦文献リスト・ピックアップ

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「戦い」は、アニメーション作品において最もポピュラーな題材であるが、それについて論じることは難しい。その理由の一つとして、「戦い」は、個人の欲望や共同体の成立根拠、時代の思潮といった様々な要因の混迷の中から発生するものだから、ということがあげられよう。本リストは、その混迷に対し何らかのアプローチとなりうる文献を選んだものである。掲載順は、その文献が題材としている作品の発表年を基準として決定した。

アニメーション・ドキュメンタリーについて(アニメーションや映画、ドキュメンタリーの研究者によって)文章が書かれはじめたのは1990年代後半のことである。それらの多くは、アニメーション・ドキュメンタリーというものの存在自体に注意を向け、ドキュメンタリーとは何かということについてこれまで存在していた考え方に対し、どのようにフィットするかについて議論するものだった。その後10年が経ち、学者たちが再びアニメーション・ドキュメンタリーに興味を持ちはじめ、この題材についての本、記事、記述は増大した。将来、アニメーション・ドキュメンタリーをめぐる言説が新たな観点によって発展していく兆しであることを願うばかりである

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