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アニメーションにおける暗き先触れとしての幻灯

本稿は、映画とアニメーションとの関係を歴史的かつ存在論的に取り上げるための一つの重要な拠点として、明治時代(1868-1912)の日本にフォーカスをあてつつ、幻灯と映写機との対比を行う。フーコーのディスポジティフ(装置・配置)概念を技術的なパラダイムの理論に変容させる、技術的な対象に関するシモンドンの概念を用いつつ、筆者は、映画とアニメーションとの差異は主に物質の差異ではなく、運動における質の差異にあたるということを発見する。幻灯の投影イメージ(写し絵)を探究していくと、映画とアニメーションは、電磁気学に結びつくテクニカルなパラダイム、つまりデカルト的なテクニズムの影響を受けたものを共有するということが分かる。映画的な運動-イマージュのヴァーチャルなものとしての時間と、任意の瞬間(any-instant-whatever)に対するドゥルーズの強調を修正しながら、本研究は暗き先触れ、つまり映画とアニメーションが任意の質料(any-matter-whatever)を共有するということを発見する。アニメーションは任意の質料に近いがゆえに、質量の中の生を直接的に経験する機会を提供し、なおかつ、デジタルにおける任意の媒体=メディアムを予期するのである。

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